農のオーベルジュ 白金の森

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経営者である前に、農民・松岡義博が原点。

これまで熊本や全国の養鶏業界を牽引してきた経営者の1人でもある松岡会長。フリーライター・今村視点で、松岡会長の想いを伝えるシリーズ3回目は、現在も生産者として活動し続けることへの想いを伺いました。

 

農家に生まれたものの、いくつもの職を転々と…。 紆余曲折を経て辿り着いたのは、やはり「農業」だった

2019年より、「農民・松岡の人生設計」では、松岡会長のこれまでの人生を連載してきました。その中でも語られていたように、菊池市の片田舎に生まれ、貧しい農家で育った松岡青年は、父親の「跡を継いでほしい」という願いには応えず、農業の専門学校を卒業後はいくつもの職を転々とし、横浜へ旅立ちます。

ふるさとを想いつつも、反発する青年時代。このまま都会で生きていくのか…と思った矢先、職場で事故に巻き込まれ、入院生活を余儀なくされるのです。退屈な入院生活は、これまでの人生。これからの人生を考える、良い機会になり、これが人生の岐路となったそうです。

 

コチラの本は購入もできます。「白金の森」で販売しているのでお問い合わせください

松岡会長の出版本、2冊目「白金の森から。」に、幼少期から「白金の森」誕生までの自身の人生が描かれています。第一章「菊池から横浜へ」には、「夢を描けない中学時代」「父の人生の延長線を辿るだけになることへの悔しさ」など、青年期に誰もがぶつかる壁が記され、葛藤する松岡青年の苦悩をリアルに読み取ることができ、まるで小説を読んでいるようでした。
 
主人公・松岡青年が、親元を離れた生活・入院生活を経て掴んだ
「過疎の村を宝にしたい」という夢。
退院後、青年は帰熊し、苦労しながらも養鶏のスペシャリストになっていくのです。

20歳でたまご屋として、生産者の道を歩み始め、半世紀以上。松岡会長は、今でも生産者として働く日々を送っています。以前のコラムにも書きましたが、会議の際には、軽トラックで颯爽と登場! いつ、どこで作業をしているのだろう? 疑問に思ったある日、作業風景を見学させていただくことになりました。



 

「白金の森」の森は、大地の恵みに満たされた場所

軽トラックで登場した松岡会長。作業服に身を包み、今日も農作業を行います。

5ヘクタールもある「白金の森」の敷地は、元々、木々が茂る小高い丘でした。会長自らも重機を操り、切り開いた後、宿とレストラン、温泉施設、バナナ園、果樹園、畑などを作り、農のオーベルジュが完成したのです。

そんな広大な敷地は、こちらのイラストのようになっており、
 
正面のゲートを抜けた右手にある果樹園には、ゆずやカリン、ブルーベリーなどが季節になるとたわわに実り、宿の食事に登場することも。私も宿泊した際に、イチヂクの天ぷらをいただき驚きましたが、実はこれ、松岡会長が育てているのです。
(1人1個だったので、お腹いっぱいに! さすが生産者さん、大判振舞いです)

この日はゆずの手入れをされていて、手慣れた様子で果実を収穫していきます。
 
作業がしやすいように背丈ほどに選定しているゆずの木。一つひとつ、手で収穫する大変な作業です。
 
さすがプロ。作業が早い!
 
ものの数分で、こんなに!

ゆずの枝には小さなトゲがあるため、手で収穫するのは実は大変な作業だということを知りました。会長もたまに「イテっ」と言いながら収穫していましたが、慣れているようで、へっちゃらな様子。


最後に、経営者なのに、なぜ未だに農作業をされるのか?を尋ねると

「好きなんだよね〜」とひと言。
「作業をして収穫した農作物をみなさまに食べていただき、感想をお聞きするのが楽しいんです」
と話してくださいました。
何事においても、誰かの喜ぶ顔や反応は活力になりますね。

熊本の人ならば誰でも知っているほどの経営者が放った「好きなんだ」の言葉は、シンプルなだけに、芯を感じるものでした。


「白金の森」で働きながら定住の準備ができる「シェアハウス白金」もあるので、農業に興味がある独身男性は、会長のもとで、農作業を学ぶのはいかがでしょう? 
 
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